明烏(あけがらす)

田所町三丁目、日向屋半兵衛のせがれ時次郎、あまり堅すぎるので、おやじの半兵衛が心配していた。ある日源兵衛に太助という二人の男に誘われて、観音さまの裏の稲荷にお籠りに行くという。ハハーンと察した半兵衛は、時次郎に金を持たせて出してやった。吉原とは知らずについて行った時次郎、上がってから女郎屋と気がついた。あわてて帰るとさわぎ出すのを、源兵衛と太助は「帰れるものなら帰ってごらんなさい。大門の番所でさっき三人とことわって来たから、一人でひょこひょこ出て行くと、あやしいやつだというのでしばられますよ」とおどかし、帰るのをあきらめさせた。時次郎の相方には浦里という、年が十八で絶世の美女をあて、なんとか部屋へほうり込んだ。翌朝源兵衛も太助も、相方にふられてぶつぶついっていると、「けっこうなお籠りで……」とまだふとんにはいっている。二人があきれて「さきに帰ろう」というと「あなたがた、さきへ帰れるものなら帰ってごらんなさい。大門で留められらあ」

解説
人情ばなし「明烏後正夢」の発端が落語となったもの。

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